バイオロギングは、まだ始まったばかりの先端的なテクノロジーです。自然のままの動物から取得されたバイオロギングのデータは、ほとんどが今まで知られていない新しい知見をもたらします。その解析から、いま、こんなことが発見されているのです!
2012年の発見 †
エンペラーペンギンのタイムリミット 〜海鳥いつ戻るシリーズ その2〜 †
2012年1月4日 報告者 塩見こずえ(東京大学大気海洋研究所)
肺呼吸の潜水動物は、餌獲りや移動を水中で行う一方で、呼吸のためにいつかは必ず水面に戻らなければいけません。水中に長く滞在すればその潜水での獲得餌量や移動距離が増加することを期待できますが、その分潜水後の回復に時間がかかり、長い時間スケールでの効率が低下する可能性も高まります。したがって「いつ潜水をやめるべきか」という決断は潜水動物にとって単純な問題ではなく、常にジレンマを抱えているように思われます。
このような背景から、潜水時の最適な時間配分や採餌戦略について、理論モデルや実測潜水データを用いて論じた研究が数多く行われてきました。それらの先行研究においては、時間パラメータとして主に潜水時間やボトム滞在時間が使われています。行動の「結果」であるこれらのパラメータは、エネルギー収支や生理的負荷を考える上で、もちろん必須の情報です。しかしながら、特に数百mを超えるような深い潜水では、水面への浮上開始から実際に水面に到着するまでの時間差が大きくなるため、「いつ水面へ向かい始めるか」という決断をするタイミングもまた重要なのではないかと私たちは考えました。
そこで、鳥類の中でもっとも潜水能力の高いエンペラーペンギンを対象に、潜水終了決断時間に着目して潜水データを解析しました。用いたデータは、採餌トリップ中の個体10羽(グループA)、ペンギン牧場と呼ばれる半野生環境(※)に置かれた個体3羽(グループB)から取得されたものです(写真1)。
※ 定着氷上に設置した人工柵の内側に潜水穴が開けられている(写真2)。柵内に入れられたペンギンはこの穴から自由に潜水を行うことができるが、周囲に他の出口はないため、必ずこの柵内に戻ってくる。潜水生理実験を行う目的で考案された実験系。
写真1:ロガーを付けられたエンペラーペンギン
写真2:ペンギン牧場。穴の側に立っているのがエンペラーペンギン
「決断時間」を水面へ引き返し始めた時間と定義すると、グループAでは、深度によらず決断時間に上限が存在しており、5~6 minまでに水面へと戻り始めていました。しかし一方で、グループBの多くの潜水では決断時間がこの上限値を大幅に上回っていたことがわかりました(max. 11.7 min)。なぜ、このような違いが生じたのでしょうか。
肺呼吸潜水行動は最終的には生理的要因によって制限されている可能性が高いため、水中での運動コストの指標であるストローク回数を調べました。解析の結果、グループBではストローク頻度がグループAよりも小さく(0.45回/秒 versus 0.79回/秒)、決断時間の上限値におけるストローク回数はどちらのグループでも同程度であったことがわかりました。ストローク回数は、潜水中の酸素消費量と相関していることが過去の研究で明らかにされています。つまり、エンペラーペンギンの潜水においては水中での経過時間そのものではなく、筋肉の酸素消費量が水面へ戻り始めるタイムリミットに関わっていることが示唆されました。単位時間あたりのストローク回数や水中での代謝率を減少させることが潜水時間の延長に貢献するという説はこれまでにも提唱されてきましたが、エンペラーペンギンの行動から、それらが潜水終了の決断に影響を及ぼしている可能性が示されたのです。エンペラーペンギン以外の潜水動物でも水面へ戻り始めるタイミングを調べることによっ� �、新たな潜水戦略が見えてくるかもしれません。
ちょっと言ってみたくて「海鳥いつ戻るシリーズ」と書いてしまったのですが、得られた成果はその2までしかありません。すみません。 特に意識したわけではなかったのですが、今回偶然にも空飛ぶオオミズナギドリと水に潜るエンペラーペンギンという2種の海鳥で「いつ戻り始めるか」を調べました。彼らはそれぞれに異なる外的・内的制約の下で、戻るべきか戻らざるべきかを決断しているようです。一方、どちらの種においても移動速度は狭い範囲に収まっていました。これはおそらく流体力学的な制約によるものと考えられますが、このように速度を大きく変化させること(例えば、遅れを取り戻すために急ぐ、など)は好ましくないという条件を考慮すると、移動開始のタイミングの重要性はより一層増すように思います。今後も「タイミング」という視点を意識しながら、様々な移動のメカニズムを調べてみたいと考えています。
Shiomi K., Sato K., and Ponganis P.J. (2012). Point of no return in diving emperor penguins: is the timing of the decision to return limited by the number of strokes?
Journal of Experimental Biology, 215, 135-140
→ Abstract & 『Inside JEB』の紹介記事
2011年の発見 †
コシャチイルカにおける吸盤タグへの反応評価 †
2011年10月7日 報告者 酒井麻衣(東京大学生命科学ネットワーク)
遊泳中の鯨類へデータロガーを装着する時、吸盤タグをクロスボウやポールで装着する方法が用いられてきた。多くの場合、対象の動物は中程度または無視してよいほどの反応しかしないため、装着は成功する。しかしハンドウイルカのように、装着個体が跳躍を繰り返し、群れの他のメンバーも同様の反応をし、長期間ボートに近寄らなくなるなど、とても強い反応を示してこの方法が難しい種もある。
コシャチイルカは、体長1.75mほどの沿岸性の小型ハクジラで、アフリカ大陸の南東部にのみ生息する。本種の生態や行動についてはわかっていないことが多い。本研究では、遊泳中のコシャチイルカへの吸盤タグの装着が有効かどうかを調べるために、タギングへの動物の反応を、目視観察とビデオ撮影により評価した。
タギングは、ボートの船首波に乗っている(バウライド)個体を対象に、個体が呼吸のために浮上した瞬間を狙ってポールを用いて行った。タグが個体に当たった否か、タギング前後の対象個体の行動、群れの状態、バウライドする個体数を記録した。
一度にバウライドするイルカは1頭から7頭だった。イルカたちは時折横向きに泳いで上方を確認しているようで、タギング担当者やポールが動くと、船首から3~5m離れ、呼吸をしてからまた船首に戻ってきた。ボートが、装着に失敗して浮いているタグを回収しに引き返す間、ボートの周りに残っている個体が多く、次の船首波を待っているようだった。その場合は同じ群れに対して繰り返しタギングを試みた。
26回のタギング試行を行い、16回は個体に当たり、10回は当たらなかった。吸盤が装着された例はなかった。コシャチイルカは体が小さく動きがすばやいために、装着時に皮膚と吸盤の間の水をすべて追い出せずに吸引力を生めなかったためと考えられた。タギング前後のバウライド個体の数はほぼ同じだった。対象個体はタグが当たっても当らなくても直後に潜水したが、すぐに戻ってきてバウライドを再開した。タグを装着できなかったので推測ではあるが、当たった時と当たらなかった時で反応に違いはなかったため、対象個体は視覚的・聴覚的な刺激へ反応していて、物理的接触への反応は少ないと考えられる。反応の内訳は、「無し」が4%、「低」が92%、「中」が4%で、強い反応はなく、先行研究における他種の反応評価と比較 しても、コシャチイルカのタギングへの反応は強くなかった。また、近縁種で同じようなサイズのセッパリイルカでは吸盤タグによる装着の成功例があるため、コシャチイルカは、この方法が有効な種であると考えられた。
図1.跳躍するコシャチイルカ
図2.すぐ近くに来るのに…タグがくっつかない。イルカたちは"度胸試し"を楽しんでいるかのようだった。
Mai Sakai, Leszek Karczmarski, Tadamichi Morisaka, Meredith Thornton. 2011. Reactions of Heaviside's dolphins to tagging attempts using remotely-deployed suction-cup tags. South African Journal of Wildlife Research, 41(1): 134–138.
コビレゴンドウの遊泳速度・加速度の測定 †
2011年8月11日 報告者 酒井麻衣(東京大学生命科学ネットワーク)
コビレゴンドウは体長3.5~7mになるハクジラで、600mから800 m潜水し主にイカを採食することで知られる。これまでバイオロギング手法にて、鉛直移動速度の急激な上昇と鳴音の増加が深い潜水時に記録され、採餌が示唆されてきた。しかし、より詳細に本種の採餌戦略や潜水生理を知るためには、遊泳速度と加速度の同時測定が必要である。
これまで、鯨類へのデータロガーの装着には、吸盤が主に用いられ、捕獲できないような種にはボウガンやポールなどで遊泳中の個体に装着するという方法がとられてきた。吸盤タグには1.複数の吸盤を持つタイプ(体軸と平行に装着できない可能性大)、2.吸盤1つとデータロガー本体がプラスチックチューブで連結されているタイプ(体軸加速度の測定不可)、3.吸盤1つとロガー本体が固定されているタイプがある。本研究では、遊泳速度と加速度を同時に測定できる3のタイプ(図1)を用いた。
図1:本研究で使用した吸盤タグ
ハワイ島沖のコビレゴンドウのワカオス3頭に、ポールを用いて船首から吸盤でデータロガーを取り付けた。装着時、データロガーが体軸と平行にならなかったものの(図2 a, c, e)、数分後には水流に押されてロガーが体軸と平行になり(図2 b, d, f)、速度・加速度が正確に記録できることが確認できた。
図2:吸盤タグ装着の瞬間→数分後の様子(Tag#1: a→b; Tag#2: c→d; Tag#3: e→f)
データロガーのうち1つは少なくとも21時間は動物から脱落することはなかった(そのロガーは残念ながら回収できなかった)ため、このタイプのタグが本種に有効であることもわかった。合計で37分のデータを収集し、本種で初めて遊泳速度と加速度を同時に測定することに成功した。遊泳速度と加速度のデータから呼吸行動(図3)、ストローク&グライド泳法(図4)、連続ストローク泳法(図5)が抽出できた。このタイプのタグは、コビレゴンドウの行動の詳細や物理特性などを理解するのに役立つだろう。
図3:呼吸行動。黒い矢印が呼吸の瞬間を示す。
図4:ストローク&グライド泳法。灰色部がストロークを示す。
図5:連続ストローク泳法
Mai Sakai, Kagari Aoki, Katsufumi Sato, Masao Amano, Robin W. Baird, Daniel L. Webster, Gregory S. Schorr and Nobuyuki Miyazaki. 2011. Swim speed and acceleration measurements of short-finned pilot whales (Globicephala macrorhynchus) in Hawai'i. Mammal Study. 36: 55-59.
オオミズナギドリのスケジュール管理 〜海鳥いつ戻るシリーズ その1〜 †
2011年12月5日 報告者 塩見こずえ (東大大気海洋研)
私が関東での暮らしにおいて何よりも辛いと感じるのは、飲み会の後、電車で帰らなければならないことです。家からどのくらい離れた場所で飲んでいるかによって終電時刻は変わるので、それを逃すことがないよう気を付けるのがめんどくさいのです(電車の揺れで酔いがひどくなるのも嫌いです)。時には飲み足りないこともありますが、終電を逃せば心身もしくは財布にダメージを受けることになるので、だいたいちゃんと帰ります。遠ければ早めに飲み会場を去るし、近ければ遅くまで粘ります。
つい前置きが長くなりましたが、今回私たちは、繁殖地から海へ餌獲りに出かける海鳥が、これと似たような行動調節を行っていることを発見しました。
対象種のオオミズナギドリは、育雛期は日中に繁殖地にいることはなく、日没後数時間以内に餌獲りから戻ってくることが昔から知られていました。私たちがGPSロガー(写真1)を用いて取得した移動経路データを見ると、採餌海域から島までの距離は97〜457 kmと様々でしたが、島に到着した時刻と距離との間に相関関係はなく、確かに日没後数時間以内に集中していました。
写真1:GPSロガー(Technosmart社製, イタリア, 約25g)
写真2:を、この背中に防水テープで装着する
一方、経路データから求めた島への接近速度が一定値以上になった時点を「帰り始め時刻」と定義すると、その時刻と距離との間に強い負の相関があることがわかりました(遠いほど早く帰り始める)。オオミズナギドリの平均移動速度は27.8km/hであったことから、島までの所要時間は移動距離が1 km増えるごとに0.036 h(=1/27.8)増加することになります。この値は、島に帰り始める時刻とそのときの島までの距離との関係を表すモデル (帰り始め時刻)=-0.036×(帰り始め距離)+0.84 の傾きにぴったり一致します。
つまり、オオミズナギドリは洋上の餌場から繁殖地がある島までの所要時間の変化に応じて、島へ帰り始める時刻を調節していたということです(下図参照)。このような行動により、島までの距離がトリップごとに大きく異なっているにも関わらず、一定の時間帯に到着することができるようです。
図:遠いほど早く帰る、の概念図
動物たちの生活史においては、繁殖、採餌、捕食者回避など、適切な時に適切な場所にいなければ達成できない目的が数多くあります。時々刻々と変化する欲求や目的にしたがって様々な場所を行き来する動物にとって、移動のタイミング能力は重要な意味をもつと言えるのではないでしょうか。上記のオオミズナギドリで見られたような、移動開始時刻の柔軟な調節能力は、これまで人間以外で報告されたことがありません。ある場所への到着時刻の集中は無脊椎動物から哺乳類まで様々な種で確認されているので、そういった調節は他の動物でも行われているのかもしれません。
Shiomi, K., Yoda, K., Katsumata, N., Sato, K. (2012) Temporal tuning of homeward flights in seabirds.
Animal Behaviour, 83: 355-359
→ Abstract & 『Featured Articles』での紹介記事
ペンギンの頭の加速度記録から捕食の瞬間を捉える †
2011年11月25日 報告者 國分亙彦 (国立極地研究所・オーストラリア南極局)
高次捕食者の捕食行動がいつどこで、どのくらい頻繁に起こっているか、詳しく知ることは、かれらの捕食にとってどのような環境が鍵となっているかを理解するうえで重要である。しかし、野生の高次捕食者の捕食の瞬間を、長時間、連続的に記録することは、これまで難しかった。そこで私たちは、「野生のペンギンが水中で餌をついばむときには、強く頭が振れるだろう」との予測のもと、近年開発された小型加速度記録計をペンギンの頭に取り付けることで、かれらの捕食の瞬間を捉えようと考えた。捕食者のアゴや頭の急加速の記録を、捕食の指標として用いようという同様の試みは、すでに飼育下のアザラシ(Suzuki et al. 2009)や野生のオットセイ(Iwata et al. 2011)等、大型の海棲哺乳類で、成功をおさめている。今回私たちは、頭の3軸の加速度に加え、捕食を裏付ける資料として、カメラロガーを同じ個体に取り付け、餌と出会っているか否かを同時に調べた。また、他の個体では、頭と背中の加速度を2つの加速度計で同時に記録し、頭の動きと体軸の動きを比べた(図 1)。
図 1. 頭と背中に加速度記録計を取り付けたヒゲペンギン
南極半島域に生息する、ヒナをガード中のヒゲペンギンとジェンツーペンギンを対象に、調査を行った。ヒゲペンギン2採餌トリップ、ジェンツーペンギン5採餌トリップ分の、頭の加速度と水中写真の同時記録、そして、ヒゲペンギン7採餌トリップ、ジェンツーペンギン7採餌トリップ分の、頭と背中の加速度の同時記録を得た。 ここで、ちょっと取り付けの場面を想像してみて、「ペンギンの頭に加速度記録計を取り付けるのは、ペンギンが嫌がりそうだし、なかなか難しそうだな」と思われる方がいるかもしれない。しかし日本で普通に市販されている軍手の甲の一部を四角く切り取ったうえですっぽりとペンギンの頭にかぶせ(クチバシは中指の部分に収まる)、甲の穴の部分を利用して、細かく切ったテープで加速度計を固定すると、ペンギンは特にあばれたり苦しがったりする様子もなく、機器の安定性もよく、取り付けは無事成功した。
さてデータを解析すると、予想通り、ペンギンは潜水中、時折、頭を上下前後左右に激しく動かしていた(図 2: 解析手法はSakamoto et al. 2009によった)。それはときに約3秒周期の体軸の揺れ(深度記録で見られる、「ジグザグ」に相当)と共に起こっていた。
図 2. 上から、ジェンツーペンギンの2潜水分の、深度、3軸の頭の加速度、3軸の頭の加速度の周波数成分と強度、体軸の加速度の周波数成分と強度の時系列。2回目の潜水(右側)の潜水ボトム中に、頭を上下前後左右に激しく動かしている。
また、カメラロガーには、ペンギンが時折ナンキョクオキアミの群れに突っ込んで捕食している様子が写っていた(図 3)
図 3. カメラロガーに写ったナンキョクオキアミの画像。加速度記録計を取り付けたペンギンの頭が写っている。
そこで、1潜水中の頭の振れの回数(3軸)と、餌の写った頻度の関係を調べてみると、前後方向の頭の振れの回数と、餌の写った頻度で相関がもっとも高かった。また、餌の写ったタイミングと、前後方向の頭の振れのタイミングを比べると、平均89.1%の確率で、餌の写った前後2.5秒以内に、頭の振れが起こっていた。カメラの画像は時として暗く、餌の有無を判別不可能なことがあった(平均23.1%の潜水)。これらのことは、前後方向の頭の振れは、ペンギンの捕食の瞬間の指標として、長期間、連続的に使えることを示している。
さてペンギンのトリップ中に、捕食はどのような形で起こっていたのだろう。図4に、ペンギンの頭の加速度から得た捕食行動の時間変化の例を示す。
図 4. 上から、1採餌トリップ中の、潜水深度、頭の加速度から得た捕食頻度、深度のジグザグ回数の頻度の時間変化。ヒゲペンギンの例。
ペンギンの捕食行動は、採餌トリップ中に、時間的に狭い範囲で集中的に、何回かに分かれて起こっている様子がわかる。このことは、パッチ状に分布するオキアミを、ペンギンが移動しながら捕食していることを示しているのだろう。今回の手法を、GPSロガーなどと組み合わせて利用すれば、餌との遭遇パターンを、3次元的に描くことも可能となるだろう。また、この方法は、陸上の生態系も含め、捕食に頭の動きをともなう高次捕食者の捕食パターンを記録するのに、有用だろう。
最後に、南極でのフィールドワークに先立ち、加速度計をペンギンの頭に取り付ける方法を、名古屋港水族館のご厚意により、飼育下のジェンツーペンギンで実験させていただきました。同館の内田至館長、栗田正徳氏をはじめ、職員の方々には、多大なご協力をいただきました。この場を借りて厚く感謝いたします。
Kokubun N, Kim J-H, Shin H-C, Naito Y and Takahashi A (2011) Penguin head movement detected using small accelerometers: a proxy of prey encounter rate. J. Exp. Biol. 214: 3760-3767
揚子江におけるスナメリの分布変化 †
2011年11月16日 報告者 木村里子(京都大学)
対象とする動物が、いつ、どこにいるかを知ることは、生態学における基礎的な問題であり、特に保全管理の上で非常に重要である。中国揚子江には、ヨウスコウスナメリNeophocaena asiaeorientalis asiaeorientalisと呼ばれる、スナメリの淡水性亜種が生息する。近年個体数が激減しており、早急な保全管理が不可欠である。しかし、野生下における本種の基礎的な生態情報が不足していた。
本研究では、揚子江中流域とポーヤン湖の接続域(77km)(図1)に生息する個体群を対象とし、地域的な分布変化を明らかにすることを目的とした(論文1)。
図1.対象水域の地図。(B)のように、水域の特徴ごとに5-7kmの区分に区切ってスナメリ検出数を比較した。Jは接続域、Mは揚子江本流、Sは揚子江支流、Bは橋梁がある水域、Dは掘削が実施されている水域である。
音響データロガー(ML200-AS2、マリンマイクロテクノロジー社製)を用いて、2007年5月〜2010年8月に、曳航音響調査を11回実施した。スナメリの片側検出距離は約300mと推定された。また、分布に影響を与えうる要因として、船舶航行、底砂採取、橋梁、餌生物(魚類)の分布の4点を検討した。餌生物(魚類)の分布は、魚群探知機(HE-6100, HONDEX) を用いて水域毎の魚類検出の有無を調べた。
各調査ラインの観測範囲における単位距離毎の平均検出数は、0.53〜1.26頭/kmであり、経年的な個体数密度の増加、減少傾向は確認されなかった。スナメリの分布は季節的に変化し、5, 8月には揚子江本流の接続域で、11, 2月にはポーヤン湖内で検出が多くなることがわかった(図2)。
図2.各水域におけるスナメリの平均検出数
魚類が検出された水域におけるスナメリの検出割合は、非検出水域より有意に高かった。しかし、船舶航路や橋梁付近でスナメリ密度が低下したり、底砂採取禁止期間に密度が増加したりする傾向は見られなかった。本種の保全を考える上で、餌生物(魚類)資源の管理がより重要である可能性が示唆された。
現在、本手法をより広域に拡大し、武漢から上海までの1100kmにおいて調査を実施している(論文2)。2006年11月、2008年3、12月、2009年6月の結果から、群れサイズが大きく変化しないこと、および季節的な分布変化が示唆されている。今後、調査を継続し、広域的な分布変化をより詳細に明らかにする予定である。
1.Kimura, S., Akamatsu, T., Li, S., Dong, L., Wang, K., Wang, D., and Arai, N. (2011), Seasonal changes in the local distribution of Yangtze finless porpoises related to fish presence, Mar. Mamm. Sci. in press (published online).
2.Dong, L., Wang, D., Wang, K., Li, S., Dong, S., Zhao, Z., Akamatsu, T., Kimura, S. (2011), Passive acoustic survey of Yangtze finless porpoises using a cargo ship as a moving platform, J. Acoust. Soc. Am. 130, 2285-2292.
鳥類の最長潜水記録更新! †
2011年8月15日 佐藤克文(東京大学大気海洋研究所)
肺呼吸動物が水中に潜る場合、潜水直前に体内に蓄えた酸素を使うことになる。酸素が足りなくなると、嫌気呼吸による無酸素運動も行うが、嫌気呼吸では、単位重量のグルコースからATPを生産する効率が有酸素呼吸に比べて悪い。また、嫌気呼吸によって生じた乳酸を分解するために、潜水後に長時間水面に滞在して休息しなければならない。それらの理由から、連続して潜水する動物は、有酸素呼吸でほとんどの代謝をまかなっていると予想されている。潜水能力に長けたペンギン類の中で、最大種であるエンペラーペンギンを半閉鎖実験系で潜らせて測定した過去の実験により、潜水時間が5.6分間を越えると血液中の乳酸濃度が急上昇することが判明している(Aerobic Dive Limit: ADL, Ponganis et al. 1997)。しかしながら、野外環境下で潜水を繰り返すエンペラーペンギンの潜水行動記録によると、ペンギンはしばしば5.6分間を越える潜水を行っていた(Kooyman and Kooyman 1995)。エンペラーペンギンが野外環境下で潜水を行っているときのADLは5.6分よりも長いのだろうか?そもそもエンペラーペンギンはいったいどれくらい長く潜っていられるのだろうか?