2012年1月18日水曜日

日本財団図書館(電子図書館) ろう教育の”明日”を求めて 第13集

レポート[1]
気持ちの通じ合い、つながり合いを大切に

〜様々なコミュニケーションの手段を使って〜

濱中 和美(石川県立ろう学校幼稚部)

1.はじめに

 教育相談を担当して5年目になります。以前、小学部に10年間勤めており、その当時のろう学校は聴覚口話法を行っていましたから子どもとは表情や音声言語、筆談等で授業を行っていました。

 6年間、肢体不自由の学校に勤務した後、平成9年度からろう学校に再び勤務することになり、コミュニケーションの手段に対する考えが変わっているのに少し戸惑いました。しかし、幼稚部の職員との話し合いをしたり、教育相談の乳幼児と接したりする中で、子ども達は気持ちが満たされた時や自分の思いを受け止めてくれる人にはたくさんの思いや気づきをいろいろな方法で表現していること、気持ちが通じ合ったという実感が伝え合いたい、わかりたいという意欲につながること、相手の伝えていることがわかった時や自分の思いが伝わった時とそうでない時の日の輝きが違うこと、自分の思いはどんな手段を使っても伝えようとすること等を学びました。そのことからも子どもがわかるために様々な手段を使っていくことが大� �だと思いました。

 現在、教育相談では全校での共通理解のもと、子ども達の姿から学んだことを大切にして、聴覚に障害を持つ子ども達が母親(家族)や友達とのびのびと気持ちを伝え合い、分かり合うために様々な手段を使って楽しくやりとりができることを第一に考えて援助を行っています。

2.教育相談の内容

 聴覚に障害を持つ子ども達が調和のとれた心身の発達を遂げるために、最早期からの相談、指導、検査を行い、情緒の安定、聴覚の活用や様々なコミュニケーション手段を用いながら言語発達の基礎及び望ましい生活習慣を身につけることを目的に下記のような内容(ねらい)で援助を行っています。

 

(1)個別指導(70分)

ア 観察や検査を通して聴力を把握し、補聴器を調整し装用指導を行う。母親に対して聴力検査の結果を伝え、子どもの聞こえに対する理解を図る。

イ 子どもの好きな遊び、興味のあるものを通して母子が様々なモードを使い、コミュニケーションを楽しむようにする。

ウ 子どもの成長について母親に伝えたり、母親の悩みや相談、集団指導での子どもの様子について話し合ったりする。

エ 遊びの中で自然な発声を促す。

 

(2)集団指導(1歳児…週1回、2歳児…週2回)

9:30 11:05 12:00 13:00
登校
聞こえと健康観察
母子自由遊び
手洗い、トイレ
おあつまり(手遊び、製作、お話、絵本、散歩等)
おやつ
お弁当、体操
シール貼り(2歳児・週1回のみ)

ア 自由遊びを通して母子が楽しく気持ちを通い合わせるようにする。

イ 自由遊びや設定遊びを通して、友達に関心を持ち母親を仲立ちにして表情、身振り、手話、音声言語等で関わりが持てるようにする。

ウ お集まりで手遊び歌、ゲーム、絵本、製作等を楽しみ、興味や関心の幅を広げるようにする。

エ お散歩をして自然に親しませ、季節をより身近なものとなるようにする。

オ ビデオを見て聴能を働かせながら、身体を動かすことを楽しむ。

カ その日の活動の内容及びねらいについて伝え、家でもそのことについて働きかけてもらうようにする。

 

(3)両親講座

(その年度の教育相談乳幼児・母親に必要なテーマを設定する。)

ア 家族に聴覚障害について正しく理解をしてもらうようにする。

イ 子どもの育ちについて担当者と母親が共通の視点をもてるようにする。

ウ 父親に子育てに参加してもらうようにしたり、子どもとの関わり方について具体的に伝えたりする機会にする。

エ 卒業生の進路や就職等のことについて知り、幼児期に大切にしなければいけないこと(育てなければいけないこと)について伝える。

カ 先輩のお母さんに体験談を聞いたり、母親同士が話し合ったりすることで子育ての参考にする。

キ 毎回、手話について学ぶ時間を持つ。

 

(4)幼稚部との交流

(幼稚部の行事に参加したり、幼稚部の参観をしたりする。)

ア 子どもが母親と季節の行事を楽しむようにする。

イ 幼稚部の子ども達の姿が2、3年後の我が子の成長の姿につながり、子育ての励みになる。

ウ 幼稚部の教育活動をする機会にする。

3.母親への働きかけ

 0、1、2歳の頃の子どもにとって母親を始めとするまわりの人に自分の気持ちを受け止めてもらい適切に関わってもらうこと、そして相手が伝えようとしていることがわかることが必要です。それが情緒の安定につながり、生活場面や遊びの中でのびのびと自分の思いを表現したり、主体的に活動し、まわりからの刺激を取り入れたりすることができるようになることを母親に伝え、子どもが発信したその瞬間を取り上げ、その時々にどのような手段を使っても伝え合うことを大事にしてもらうようにしました。

 両親講座の中に毎回、手話の時間を設けてその時々に必要なもの(季節、行事にあわせたもの)や父や母が生活の中で子どもとのやりとりで使いたいものについて学ぶ機会にしています。昨年度は聴覚障害を持つお父さんとお母さんに講師になってもらい、こちらが用意したことば以外のものも母が質問をして教えてもらいました。

 また、教師が子どもの興味に付き合って遊んでいる場面で子どもの視線や表情、身振り、声の調子から思いを汲み取り、それを身振り、手話、音声言語に変えて伝えることでそれが理解でき発信手段となることを伝え、実際の関わりについてのモデリングを示しています。そして父や母には生活の場面で様々な手段を使って、子どもと気持ちを伝え合う楽しさを実感できるようにと考えています。

4.母子・子ども同士のコミュニケーションの様子(2歳児の集団指導で)

 登校後、子ども達は教室に行くまでの玄関、廊下、遊戯室で指差しや視線、表情で自分の思いや気づいたことを表現しています。母親は子に合わせたコミュニケーションの方法でその思いに寄り添ったり、共感したりしながら、子どもの興味や発信を大事にし付き合っています。時には教室まで20分以上もかかることがありますが、母親にはその時間は、今の時期にとても大切なものとして捉えてもらっています。教室の近くまで行くと教師や母親が友達の存在を知らせたり、好きなおもちゃや身振りで誘ったりして子どもが自分の意志で教室に入り、自分の棚にかばんやズックを片付けるようにしています。その後は好きなものでお母さんとたっぷり遊びます。自分の興味のあるもので遊び込む子、友達の遊んでいる様子をじっと見� �後、同じ遊びをする子、友達の遊びに誘われてすぐに遊ぶ子など様々です。

 しかし、毎回繰り返される見通しのある活動の中で、おやつを食べる前に皆で力を合わせて机を運ぶ時、自分のマークのついた椅子を運んで来る時や手洗いの順番を待つ時、大好きなおやつを向かい合って食べる時、同じ動きをし目線を合わせることでお互いを意識し、少しずつですが群れて遊ぶようになってきます。まだ手話や音声言語でやりとりできなくても、一人の子が床の上でぐるぐるまわったり、すべったりするとそれを見た子がその真似をし、次に役割交代をしてお互いに楽しんでいることもあります。また教師が子どもを誘う時の「おいで」を真似して、身振りと声で友達を誘うこともあります。

 学校が大好きな子ども達はシールを貼った後は帰るということがわかっているので、なかなかシールを貼ろうとしなかったり、教室から出て行ったりしてしまうことがあります。こんな時こそ母親には伝え合うチャンスだと励ましています。子どもの帰りたいという気持ちを受け止めた後、皆が帰ること、家へ帰ったらすること、写真や身振り、手話で丁寧に伝えた後、子どもが気持ちを調節するのを待ち母子が笑顔で帰ることができるように援助しています。

5.母親同士のつながり

 子ども達が関わり合ったり、群れて遊んだりするようになると母親もお互いの子ども等についての話をするようになります。子育てに関すること、生活の中でのやりとりの手段に関すること、兄弟のこと等の情報交換をしています。母親は子どもの成長の節目節目に様々な悩みや迷いがありますがお互いに励ましたり、支えあったりしています。

 知りたい手話がある時は聴覚障害を持つお母さんに質問したり、その母子のやりとりを見て学んだりしながら、積極的に子どもとのコミュニケーションの手段として使っています。

 また、聴覚障害を持つ子どもやお母さんが孤独にならないことを考えていく上で、何気ないことでも伝わるように家庭や学校の中で身振りや手話を使っていくことが必要ではないかということを母親達に伝えました。これはなかなか難しいことですが、そのことが家族への理解にもつながるということもあり、お母さん方は実践しているようです。

6.おわりに

 教育相談を終えた子ども達は幼稚部に入学し、それぞれが成長した姿を見せてくれています。

思いが溢れているのにその表現の方法がわからなくてイライラしていた子、まわりの状況がわからなくて自分の思いが出せなかった子、母親の話しかけていることがわからなくて不安な表情をしていた子、その子達が人とつながり合うための手段を知ることで生き生きと自分を表現し、人とつながろうとします。

 母親にとっても子どもと通じ合ったという実感がもっと伝え合いたいという前向きな気持ちにつながり、子育てに自信を持つことになっています。母子にとってその積み重ねがコミュニケーションに対する意欲を育てていくと考えます。

 そのためには、私達教師が母親の関わりのモデルとなり、子どもの思いや気づきを拾い上げ、表現豊かに応えていける力を身につけていくことが必要であると思います。

 

司会:岩本(石川県教育委員会)

 「気持ちの通じ合い、つながり合いを大切に」ということで援助のあり方、指導の一端を発表して頂いた。

 

山根(北海道)

 石川ろう学校でも今の話を伺って、手話を含めてのいろいろなコミュニケーション手段を使って、子どもが生き生きと明るく過ごしていることに感動した。手話を導入する方向に変わってきたということだが、そこでいろいろな議論があったのか聞きたい。また、キュード法を使っていた頃の小 ・中学部との関わりについて聞きたい。

 

レポーター:濱中(石川ろう学校)

 平成5年に石川県で全日ろう研があり、今後のコミュニケーション手段について話し合いが持たれた。平成7年に文部省(現文部科学省)より聴覚障害教育の手引きが出され、各学部で補助手段の検討を行った。幼稚部では補助手段としてキュードスピーチ・身振り・文字を使って伝え合うことが確認された。平成8年に教師のための手話講座が始まった。

 本校における手話の位置づけについて平成9年に全校研究会で話し合いが持たれた。いろいろなコミュニケーション手段を使っていくことを確認した。平成10年に幼稚部が手話を導入した。

 

司会:岩本(石川県教育委員会)

 補足があったら石川ろう学校幼稚部主事の大橋先生からどうぞ。

 

大橋(石川県立ろう学校)

 平成5年の全日ろう研以後、コミュニケーションの補助手段として導入した。しかし、ここ1、2年で手話は補助手段ではないと感じている。子どものおしゃべりが長くて速い。手話を言語として教師が学ぶ必要があると思っている。手話は日本語を教えるためのものでなく、子どもが思っていることをやりとりするためのものと考えている。

 

司会:岩本(石川県教育委員会)

 以前、ろう学校に勤めていてこの手話導入の経緯に関わっていた。平成5年に全校で共通理解したことは、これまでのろう教育のやり方を見直し頑張ってみようということだった。子どもの成長には「待った」はない、子どもは伝え合うことを欲していると感じた。平成9年、聴力の厳しい子どもがいて今までの方法ではうまくいかなかった。その子に身振りを使うと本人が満足し、母親も満足した。コミュニケーションを考えたとき、手話という方法があったというのが正直な思い。

 

レポーター:濱中(石川県立ろう学校)

 以前は小学部もキュードスピーチを使っていたが、現在は手話を使っている。中学、高等部に関しても口話が難しい子もいるので手話が共通の手段になっている。

 

大橋(石川県立ろう学校)

 幼稚部は部全体で手話を使っている。小学部の低学年も同じ。中学・高等部については子どもに合わせた方法をとっている。音声言語・キューサイン・手話など様々な方法を使っている。現在、幼稚部ではキューサインは使っていない。

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